◆相続の業務を専門に行っていると、時折、子や親族に対して不動産(例えばアパートの一室)を賃貸し、相場以上の家賃を収受することにより、将来の相続の際に、貸家や貸家建付地の評価減を受けようと目論む者を見かけることがあります。恐らく、相続税が課税される規模の財産を所有している資産家に対して、そうしたアドバイスを行うことで、何か気の利いたことを言ったつもりになっている税理士なり、銀行員なり、不動産業者などがいるのだろうと思いますが、そうした内容の資料を目にしたり、耳にしたりする度に、いつも何かがおかしいのではないか? と感じて来ました。自分としては、どうもそのような手法に対して、素直に賛同することが出来ず、むしろ違和感を覚えることの方が多かったように思います。何故なら、本来、親族間の間で交わす経済行為は、仮に形式上、他人との間に交わすものと同様の取り決めを行っていたとしても、その実態は、限りなく使用貸借に近いものに過ぎず、そこには借家権などそもそも存在していないのではないか? とすら思えるためです。
◆借家権の本質は、過去の判例などで、借家人のいる不動産には潜在的な立退料負担がある点が論拠とされることが多く、その消滅のための対価がそのまま立退料と同額となる訳ではないにしても、そうした潜在的な債務があることにより、相続税の土地・家屋の評価上、借家権控除を行うことが可能となっていることについては、(空室分や使用貸借の部屋の分を借家権控除の割合から除外する)現行の評価通達26(貸家建付地の評価)・93(貸家の評価)・94(借家権の評価)における賃貸割合の算式の成立の仕方などから考えても、疑う余地がありません。それでは、果たして子や親族に対して、実際に立退料を支払うことにより、借家契約を解除するような者が存在するのでしょうか? 親子や親族の関係というのは、そこまで他人行儀になり得るものなのでしょうか? 中には、子から収受した家賃を小遣いとして、再度子に戻している親すら存在しているような〈緩い関係性〉の中で、そこに本当に厳しい利用制限が存していると言えるのでしょうか?
◆例えば、類似するケースとして、役員・従業員などの社宅に関しては、古くから国税サイドの質疑応答事例などに、たとえ家賃の収受があったとしても、借家権控除を行わない旨が明記されています。そこには「社宅は、通常社員の福利厚生施設として設けられているものであり、一般の家屋の賃貸借と異なり、賃料が極めて低廉であるなど、その使用関係は従業員の身分を保有する期間に限られる特殊の契約関係である」点を根拠として「社宅については、一般的に借地借家法の適用はないとされている」旨の説明が書かれています。また、書籍によっては「その経済行為の本質は借家契約ではなく、雇用契約である」と説明されているものもあります。つまり、社宅の場合、借家契約の裏側に雇用契約があり、むしろ、そちらの存在価値や重要性の方が遙かに大きいからこそ、借家権を見ないという判断となっているものと解されますが、それでは、永遠に途切れることのない親子関係や親族関係の存在価値・重要性は、果たして、期間の定めがあることを前提とした借家契約より軽いものなのでしょうか?
◆更にもう一つ、借家契約の存在を前提とする限り、殊に相続人が借家人であった場合に、明らかに辻褄が合わないことがあります。仮に、その借家に被相続人の子が家賃を支払って居住しており、相続開始を契機として、これを遺言や遺産分割により、自身が相続したらどうなるでしょうか? 借家契約は基本的に第三者間の契約であるため、本来であれば、貸主に相続が発生しても継続することになるはずなのですが、貸主と借主が同一になった瞬間に(自分で自分に家賃を支払えない以上)、債権の混同により消滅します。つまり、利害関係者間の借家契約というのは、そうした特殊な位置づけにあるため、これを第三者間で行われるものと同様に扱うこと自体にそもそも無理があるのです。もちろん、相続開始と同時に借家契約が消滅した場合、このようにして貸家建付地とすることを目論んだ親子間の賃貸借契約に基づく貸家の敷地に関して、申告期限までの賃貸事業の継続を前提とした貸付事業用の小規模宅地等の特例の適用を受けられる余地がないことについては、言うまでもありません。