◆相続税が課税されるような資産家から様々な相談を受けていると、非上場株式という財産自体の厄介さを痛感させられることが多いように感じます。何故なら、そもそも会社という存在は、利益を追求することを目的とする主体であり、その観点からすれば、利益を上げれば上げるほど良い会社ということになる訳ですが、その帰結として、内部留保が厚くなっていくことに伴い、必然的に株価は上がって行き、後継者は過重な相続税の負担を覚悟しなければならないことになるからです。一方で、非上場株式は、通常、流動性が低く、さらに言えば、事業の継続あるいは支配権の維持を前提とする限り、これを換金して納税資金に充てるという選択肢を採り得ません。つまり、上場株式を所有しているケースなどと比較して、非上場株式のオーナーの相続においては、スピーディーに納税資金の確保を図ることが困難であり、重税感という名の足かせがあることが最初から見えていることになるのです。
◆こうした背景があるがゆえに、非上場株式のオーナーは、スムーズな事業承継を行うため、何とか合法的に株価を下げられないか? と考えるようになり、相談を受けた税理士や金融機関、不動産会社等が、これに対して会社の損益を人為的に調整する対策(レバレッジドリース・オペレーティングリース等)や、保有資産の時価と相続税評価額の乖離を利用して評価額を引き下げる対策(不動産の購入や建築、生命保険契約への加入等)、会社規模区分を変更することにより、類似業種比準方式による評価額の採用割合(Lの割合等)を増やして評価額を引き下げる対策(従業員数の調整・合併・分社・営業譲渡・業種変更等)などの実行を薦めます。そして、こうした節税対策の効果が、例えばマネー雑誌等に紹介されるなどして広く世間に知れわたるようになると、課税庁がその中で「目に余る」内容であると受け止めたものにつき、これを規制する節税対策封じの改正措置を考案して対抗することになります。そのような過程を通じて、非上場株式を巡る相続税の課税環境はいわゆる〈いたちごっこ〉の外観を呈するに至り、その帰結として、非上場株式の評価方法に関する通達の規定は次第に複雑かつ歪なものに変容していくことになるのです。
◆一方、旧通商産業省、現経済産業省が、その時々において講じる経済政策の中に、しばしば事業承継の円滑化を主眼とするものが入って来るのは、上記のような背景があるためであるとも言えます。つまり、非上場会社のオーナーの相続(事業承継)の場面において、相続税の重税感がしばしば経済の流れの阻害要因になっており、これを政策的に軽減することが経済の仕組みの中では、どうしても必要とされるからです。その当然の帰結として、国の予算を担い、税収を確保する立場にある財務省・国税庁と、経済の流れを円滑化し、その後押しをする立場にある経済産業省の利害はしばしば対立することになります。その構図は、利益追求主体としての会社という存在が、相続税の課税の場面においては「利益を上げること自体がデメリットになる」ため、ただ盲目的に利益を追求すればいいという訳にはいかないという事実と同根であり、会社のあるべき姿(利益が多い方がいい)と納税者にとっての相続税の重税感(利益が少ない方がいい)の利害対立の構図は、そのまま財務省・国税庁(租税回避的な行為を規制し、適正に相続税を課税して税収を確保したい)と経済産業省(政策的に相続税の重税感を軽減し、中小企業の経済発展を支援したい)の利害対立の構図と相似形をなしていると考えても良いのではないでしょうか。