カテゴリー
コラム

2つの迷走と往還〜試行錯誤を重ねた非上場株式の評価史〜

◆相続税・贈与税の課税実務における非上場株式の評価方法に関する通達改正の歴史を遡っていくと、その出発点は昭和251950)年から271952)年にかけて存在していた富裕税の課税実務の基準となる財産評価のために定められた「富裕税財産評価事務取扱通達」(昭和26110日発遣;直資1-5)であった旨の事実に辿り着きます。この税目には、シャウプ勧告により所得税の最高税率が85%から55%に引き下げられたことから、これを補完するために創設されたという経緯がありました。ただ、500万円超の純資産の所有者に対して、世帯合算の上、所得の有無に関係なく、0.5%〜3%の税率により広く浅く課税する仕組みとなっていたため、財産が顕在化しやすい不動産所有者に重く、捕捉が困難な現金や無記名債券などの所有者に軽い財産種類間の不公平性が顕著という欠点がありました。さらに、無収益財産の収益化を促すという当初目論んでいた効果が思うように上がらなかったこともあり、昭和281953)年に所得税の税率を65%に引き上げることを条件として、富裕税は昭和27年分限りで廃止され、僅か3年の課税期間しか執行されずに、その役割を終えています。

◆一方、明治38(1905)年に創設され、昭和25(1950)年に現在の形に改組された相続税に関する課税実務の執行上、昭和39(1964)年に現行通達の初源の形式である「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和39年4月25日発遣;直資56)が創設されるまでは、この「富裕税財産評価事務取扱通達」の内容がそのまま相続税の課税実務に代用されていました。戦後の混乱期に重なっていたとはいえ、10年以上もの間、既に廃止された別の税目のために制定された通達を借用せざるを得なかった課税庁の事務運営における未整備かつ決して充分とは言い難かった初源の姿がここに見て取ることが出来ます。この通達は創設・発遣から27年後の平成3(1991)年、地価税(平成10年より現在まで、租税特別措置法第71条により、課税停止中)の導入に伴って、現状の「財産評価基本通達」の名称に改められましたが、その具体的な中身については、現在=令和3(2021)年までの60年弱の期間の中で幾度となく改正が行われて来ており、その歴史はある意味で、試行錯誤の繰り返しであったと総括することが出来るように思います。

◆例えば、評価会社の会社規模(あるいは、中会社等のLの割合)の判定を行う際、基本的には3つの要素の組み合わせによってこれを判断しており、その3要素のうち「直前期末の簿価総資産価額」と「直前期末以前1年間の取引金額」の2つが常に採用されていることについては一貫性があるものの、もう一つの要素については「従業員数」と「資本金額」との間で揺れ動いていた旨の事実があります。具体的に言うと、昭和261951)年から昭和391964)年までその基準とされていた「富裕税財産評価事務取扱通達」の時代と、平成61994)年6月改正以降降、現在までは「従業員数」を採用しているのに対して、「相続税財産評価に関する基本通達」の創設時から平成6年までの約30年間は「資本金額」が採用されていました。つまり、会社規模を判定する際、企業実態を真に反映しているのは「従業員数」であるとの仮説が否定されて、一度は「資本金額」に取って代わったものの、約30年後に再び「従業員数」に立ち返るといった(もちろん、その各々の改正経緯には一定の合理性と、そうした対応をせざるを得なかった社会経済上の背景が存在していると思われるものの)一種の迷走とも言えるような往還をして来たことになります。

◆同様に、類比業種比準価額の計算における各要素(年配当金額・年利益金額・純資産価額)の比重の置き方に関しても「相続税財産評価に関する基本通達」の創設時から平成12(2000)年6月改正までと、平成29年(2017年)4月改正以降現在までは「1:1:1」となっているのに対して、この間にあたる約17年間は、周知の通り、専ら利益を重視する観点から「1:3:1」とされていました。平成12年改正は〈事業承継の円滑化の政策課題〉に対応するといった位置付けにより行われたものでしたが、一方の平成29年(前期)改正は同様の趣旨に加えて〈上場株式との時価乖離を是正する〉といった観点から行われており、いずれも経済産業省からの強い課税緩和要請が背景にあります。このように評価通達の改正の歴史を通覧してみると、自ずと評価方法の一貫性が失われていることが見えて来ます。そして、こうした事実の存在は、相続税制において、あるべき課税客体の時価の真の姿を追求することよりも、経済運営の要請に従って示された方向性なり、景気対策など、目の前の政策課題を重視する傾向にある政治権力なりに歪められざるを得ないこの通達の不安定かつ移ろいやすい姿を象徴しているように思えてなりません。