◆平成6(1994)年に評価通達に新たに登場した旧広大地制度は、広大地に該当するか否かの定義につき「開発行為を行うとした場合に公共公益的施設用地の負担が必要と認められるもの」との抽象的な表現がなされていたため、土地開発実務に不慣れな税理士や税務署の調査官にとって、その判断上のハードルは極めて高いものとなっていました。さらに、広大地に該当すると判断された場合に奥行価格補正率に代替させる有効宅地化率の計算上、公図や測量図を用いて評価対象地に想定開発図面を引かなければならなかったこともあり、少なくとも平成10(1998)年頃まではこの制度を自在に扱えるだけの知識と経験を兼ね備えた者は少数派であったと言えます。
◆その結果、本来であれば広大地を適用出来るはずの宅地・市街地農地・市街地山林などに対して、これを適用しない申告が多数提出されることとなり、これに対して一部の相続税を得意とする税理士によって更正の請求もしくは嘆願による還付請求がなされるようになりました。ただ、この当時の広大地に関する実務は税理士の経験と技量によってなされた面が大きかったこともあり、そうした還付請求業務には一定の正当性と「たまたま不慣れな税理士に申告を依頼してしまった納税者を救済する」旨の理念があったものと言えました。また、この当時の奥行価格補正率のみに代替させることとされた広大地補正率(=有効宅地化率)は、評価減の割合が通常20%~40%に留まるものであったため、税額へのインパクトも一定規模はあったものの、劇的と言えるほど極端に大きいものではなかったように思われます。
◆ところが平成16年改正によって有効宅地化率の考え方が改められ、評価対象地の面積のみにより自動的に(各種補正率に代替させることとされた)広大地補正率が算定されるようになったことに加え、その評価減割合が最少(評価対象地の面積が300㎡)で41.5%、最大(同じく5,000㎡)で65%と飛躍的に大きくなったことから、実務の現場に大きな混乱が生じました。この時、還付請求の業務を注ぎ込む労力に比べて成功報酬による実入りが極めて大きい「おいしい仕事」と位置付ける者たちが一部の税理士や税理士法人の中に現れ始め、不動産鑑定士や宅建業者などと組んでこれを業として行う〈にわか相続専門税理士〉が多数生まれることとなります。
◆やがて、例えば商業施設が多数立ち並ぶ幹線道路沿いの土地や容積率などの基準から形式的に不適用となるものとされている土地についても「広大地に該当しない可能性が高いが、ダメ元で出してみよう」といった不適切かつ理念のない更正の請求等が提出される事例も見られるようになり、税務の領域を超えた過剰な理論武装をして無理筋の請求を認めさせようとする動きすら生じるようになりました。さらに期限内申告を手掛けることなく、還付請求のみを専門とする税理士が登場するようになり、納税者に対して還付額の40~50%もの法外な報酬を請求する決して品がいいとは言えない者すら現れることとなりました。
◆こうした背景もあってこの評価制度が存続した期間中、相当数の更正の請求等が提出されたことから、これが課税庁の過重な事務負担に繋がり、想定を超える混乱を生んだことは間違いないでしょう。当時、更正の請求等を行う税理士に対して、良い印象を持たないばかりか、これを敵視するような態度でその処理に臨む調査官も確実に一定数存在していました。そうした影響もあって、提出された更正の請求や嘆願が否認され、不服申立の対象となる事例も極めて多くなり、似たような土地であるにもかかわらず、税務署の調査官によってその適否の判断が異なる不合理かつ課税の公平に反するような事例も散見されたように思われます。
◆筆者自身もこの当時、ある税務署の上席調査官に「大量の更正の請求を出されて迷惑しています」とハッキリと言われたことがあります。その気持ちも全く理解出来ない訳ではないものの〈専門家としての技量を駆使した真剣勝負による理念のある請求〉と〈一攫千金を目論むギャンブルの如き理念のない請求〉とを一緒にされては困ると感じたことを良く覚えています。もちろん、評価制度を金儲けの手段と考える決して品がいいとは言えない者の存在を許容し難いと感じることは自然なことでしょう。しかしながら、そもそもバーゲンセールの如き過剰に評価減が大きな通達を発遣しておきながら、大量に出された請求に対して正当に対処することが出来ず、ケースにより課税の不公平すら生むようになった現場の混乱は、課税庁自らが招いた結果だったのではないでしょうか。
◆このようにして平成29(2017)年9月の通達改正によって広大地補正の取扱いを定めた旧評価通達24-4が廃止され、現在の評価通達20-2の地積規模の大きな宅地の評価に改組されるまでの14年間、実務の現場に大きな混乱が生じたばかりでなく、時には異様に納税者に対して甘く、時には異様に厳しい課税上の判断がなされた事例が多数起きていたことは、記憶に留めるべき事象と言っていいように思われます。