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最近の申告書様式等の改訂について(3)

◆今回はその改変の要因となる直接的な法令改正等があった訳ではないものの、恐らくは一連の【デジタル・ガバメント推進方針】の一環としてなされたものと推測される令和6年1月以降相続開始分より適用されることとなった相続税の申告書の第11表の様式改訂について取り上げてみたいと思います。周知の通り、そもそも相続税の申告書に記載すべき項目の多くは相続税法や租税特別措置法により法定されているものの、申告書様式そのものは法令ではなく、現在では平成17年3月22日に制定された「資産課税関係の申請、届出等の様式」に関する個別通達の「相続税関係」の項目の中に定められています。今回の第11表の様式改定は、直近の令和6年6月28日付でなされた同個別通達の改正によるものであり、その一部に第4表・第8表・第11の2表など、相続時精算課税制度に110万円の基礎控除が創設されたことに伴って見直されたものも含まれていますが、他の帳票については、基本的にこの第11表の様式改訂に連動した文言修正等の微細なものが中心となっています。

◆さて、この申告書第11表の様式は、これまで左側約4分の3程度のスペースに被相続人が所有する全ての財産及び非課税金額控除後のみなし相続財産、代償分割が選択された場合の代償金などの項目につき、「種類」「細目」「利用区分、銘柄等」「所在場所等」「数量」「単価」「価額」等を記載する形式となっていました。一方、右側約4分の1程度のスペースには、それらの財産等のうち、分割が確定したものにつき取得者の氏名と取得者ごとの相続税評価額を記載することとされ、これらの内容を見れば、被相続人の財産及び遺産分割もしくは遺贈による取得の全容が把握できるようになっていました。加えて、旧様式の最上段には「遺産の分割状況」の記載欄が、最下段には各相続人・受遺者ごとの①分割財産、②未分割財産、③取得財産(①+②)を相続税評価額によって集計した「合計表」が置かれていました。今回、上記通達の改正に伴い、これらの様式は第11表(合計表)、第11表の付表1(土地・家屋等用)、第11表の付表2(有価証券用)、第11表の付表3(現金・預貯金等用)、第11表の付表4(その他の財産用)に5分割される形で一新されることとなりました。

◆この様式改訂は抜本的とも言える見直しであり、だるま落としに喩えて言えば、新たな第11表(合計表)は、元の第11表から最上段の「遺産の分割状況」の駒と最下段の「合計表」の駒だけを残して、その間の中央部分にあった駒の全てを叩き落とした後の姿のような内容となっています。また、そのようにして弾き出された駒たちは「土地・家屋等」「有価証券」「現金・預貯金等」「その他の財産」の4区分に整理統合され、左側約4分の3程度のスペースを占める「財産の明細」欄の各々の内容は、これまで記載のなかった「特例」の欄(付表3を除く)と国外財産に関する区分欄が共通項目として追加された上で、いずれもそれらの財産の大分類の内容に応じたものに改変されています。例えば、付表1には不動産に固有の情報として「持分割合」の欄が、付表2には有価証券を取扱う「金融小品取引業者等の名称」「支店等の名称」等の欄に加え、外貨建て証券であることを想定した「為替(円)」の欄が、付表3には預貯金等の預入先の「金融機関等の名称」「支店等の名称」等の欄が新設されており、いずれも財産の種類に応じて必要かつ充分な情報を記載できるような工夫が施されたものとなっています。

◆これらの様式改訂において最も特徴的なのは、財産等の相続・遺贈による取得者の表記をこれまでの氏名によるものに代えて番号表記をする形式に改めたことです。新第11表の上段に置かれた「財産取得者の一覧」には、「項番」と「財産を取得した人の氏名」を網羅的に記載することで〈番号による人名の定義付け〉がなされ、各付表の右側約4分の1程度のスペースを占める「分割が確定した財産」の欄には、ここで定義付けた取得者番号と取得者ごとの評価額を記載する形式となりました。同様に、付表1・2・4の「特例」欄の記載上も、これと同様の〈番号による特例の定義付け〉がなされています。具体的には、宅地等につき小規模宅地等の課税価格の特例(租税特別措置法第69条の4)を適用する場合には「1」を、山林または立木につき特定計画山林の課税価格の特例(同法69条の5)を適用する場合には「2」を、特定非常災害を受けた土地等または株式等につきこれらに係る課税価格の特例(同法69条の6)を適用する場合には「3」を、災害減免法第6条による甚大な被害による財産価額の控除を受ける場合には「4」を、その他の特例を適用する場合にはその条文番号等を記載することとされています。

◆こうした一連の第11表の付表様式を通覧して、個人的にハッとさせられたことが二つあります。一つ目は、全ての付表に国外財産の区分欄が新設されたことに加え、付表2に「為替(円)」の欄が新設され、付表4の財産の細目区分の分類に「金地金(きんじがね)」(細目コード76)と「暗号資産」(同79)が加えられたことは、恐らく、昨今の相続事案において顕著となりつつある資産の国際化・多様化の状況を反映したものなのではないか、ということです。もう一つは、付表4の財産の細目の中で貸付金・預け金等の債権につき、同族法人に対するもの(細目コード80)と同族法人以外に対するもの(同81)が区分されていることです。この区分は今のところ統計データの元となる第15表には反映されていませんが、税務調査等を意識した区分であることはほぼ間違いないものと思われます。その背景には、同族会社に対する債権は、特定同族会社株式の純資産価額の評価上、債務として計上されているという連動性があることに加え、その内容は同族会社の行為計算の否認規定(相続税法第64条)を適用するか否かの判断指標の一つともなり得るからです。

◆今回の相続税の申告書の第11表の様式改訂は、元々、常時申告書作成ソフトを利用しており、e-Taxにより申告書を電送している税理士等にとっては、入力項目そのものに大きな変化がある訳ではないため、特段の効率化に資するものではないように思われます。もちろん、これまで申告書を手書きしていた納税者等にとって、相続人・受遺者の氏名や特例の適用を行う際の適用条文等の〈番号による定義付け〉に基づく表示方法は、恐らく大きな効率化・省力化に繋がるものであることは間違いないでしょう。ただ、万が一、何らかの理由で記載(申告ソフトを使用している場合には、選択)すべき相続人・受遺者の番号を誤ってしまった場合には、税額計算にもその誤りが反映されることとなり、実害が起こる懸念もあります。一方で相続税の場合、別に遺産分割協議書や遺言書、調停調書などの財産の取得者を証明する法的な書類が存在するため、仮に申告書において取得者の番号を誤って記載・選択したとしても、課税庁はそれらの法的書類の方が正しいものと判断することでしょう。いずれにしても、今回の様式改訂は、子申告を利用する方向に納税者を誘導しているように思われる内容であり、デジタル分野における重要な価値観の一つである【サービスデザイン思考】に基づく取組の一環として行われたものであると考えることができます。

(注記)【サービスデザイン思考】

1990年代に提唱され、現在では一般的に人間中心、共働的、反復的、連続的、リアル、ホリスティックといった6つの原則に基づく商品・サービスを提供する思考とされている。デジタル庁もこの【サービスデザイン思考】を政策上の指針の一つとして挙げ『「誰一人取り残されない」デジタル社会の実現に向けて、様々な利用状況においてデジタル機器・サービスが利用されることを踏まえ、多様な利用者のニーズを効果的かつ効率的に達成できるよう利用者中心(人間中心)を原則とする行政サービスデザインに取り組んでいくことにより、誰もが、いつでも、どこでも、デジタル化の恩恵を享受できるようにします。』と表明している。

【相続税申告書の第11表の様式改訂に関する課税庁の参考サイト】

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/pdf/0024004-055.pdf

https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/sozoku-zoyo/annai/r06pdf/C49.pdf

https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/sozoku-zoyo/annai/r06pdf/C50.pdf

https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/sozoku-zoyo/annai/r06pdf/C51.pdf

https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/sozoku-zoyo/annai/r06pdf/C52.pdf

https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/sozoku-zoyo/annai/r06pdf/C53.pdf

https://www.e-tax.nta.go.jp/shiyo/souzoku11/nyuryokuyoryo.pdf

https://www.e-tax.nta.go.jp/shiyo/souzoku11/faq.pdf

https://www.e-tax.nta.go.jp/shiyo/souzoku11/kaiteiitiran.pdf