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コラム

代償分割と遺留分侵害を巡る2つの圧縮計算

◆一般的に一定規模以上の財産を所有する被相続人に相続が発生し、相続人が複数人存在する場合において、遺産分割を確定させる方法の一つに代償分割があります。これは、通常、大半の財産を相続することとなる長男などの代表となる相続人が、他の相続人に対して代償金と呼ばれる金銭を支払うことによって、現物による遺産分割に代えるものであり、財産の内容や紐付いている債務との関係上、そもそも現物で分割することが困難なケースや、生活の本拠となる事業・居住の継続上、基幹となる財産が共有となってしまうことを避けたいケースなどにおいて、実務上、しばしば行われている手法です。

◆この代償分割がなされた場合において、相続税の課税上、相続税法基本通達11の2-9の定めにより、これを受け取る側の相続人は被相続人から財産を取得したかのように取扱い、支払う側の相続人は被相続人の債務を承継したかのように取扱い(実務的には第11表にマイナスで表示し)ます。さらに言えば、この代償金の額を決定する際に遺産分割のベースとなる対象純財産(被相続人の遺産総額から債務額を控除し、特別受益の対象となる贈与等の額を加算したもの)の計算上、相続税評価額をベースとする場合と、時価をベースとする場合とがあるのですが、問題は後者の方法を採用した場合、相続税の課税上の代償金の評価額をどのように考えるべきかということです。

◆例えば、代償分割の対象となった被相続人の純財産の時価が1億円、相続税評価額が8千万円だった場合において、代償金を時価ベースで計算し、この全てを相続する相続人がその半額の5千万円を他の相続人に支払うケースを例に考えてみましょう。この場合、代償金の相続税評価額を実際に支払う額と同じ5千万円としてしまうと、相続税の課税上、代償金を受け取る側の相続人の課税対象額が5千万円となり、支払う側の相続人の課税対象額が3千万円(8千万円-5千万円)となってしまいます。時価ベースでは双方が均等な分割となるような遺産分割をしているにもかかわらず、これでは相続税の課税上、受け取る側が不利に、支払う側が有利となってしまい、明らかに不合理な結果を招くこととなります。

◆そこで、こうしたケースにおいては、相続税法基本通達11の2-10の定めにより、代償金を「分割対象純財産の時価に占める相続税評価額の割合」で圧縮することとされています。つまり、実額の5千万円に「8千万円/1億円」の比率を乗じて4千万円に圧縮し、これを代償金の評価額とすることにより、双方の相続税の負担額は均等になり、この【代償金の評価額の圧縮計算】を通じて、合理的な課税が実現することとなるのです。この取扱いは、資産税実務の盲点となっている面もあり、実はこれを考慮しないでなされている相続税の申告も散見されるのですが、こうした課税上の修正処理を失念していることに気付かないと、代償金を取得した相続人から不利益を被ったとして訴えられるリスクもあるため、代償金の圧縮計算のもれがないか否かについては、充分に留意する必要があります。

◆一方、この時価ベースによる純財産を基として代償金の額を定めた場合の相続税の取扱いとは別に、代償分割が行われた際に、もう一つ注意しなければならない譲渡税(譲渡所得に係る所得税・住民税)の取扱いがあります。それは代償金を支払った者が相続財産である土地・建物等の資産を相続税の申告期限から3年以内に売却し、その譲渡に係る所得金額の計算上、租税特別措置法第39条に定められた取得費加算の特例を受ける場合において、代償金をマイナス表示して計算した結果として算定されている「取得財産の評価額の合計額」が、支払代償金が債務に計上されていたと仮定した場合の本来の「取得財産の評価額の合計額」より代償金の額だけ少なくなっていることに伴い、実務上、加味することとされている【譲渡資産の評価額の圧縮計算】です。

◆相続財産を譲渡した場合、相続税と譲渡税の二重課税を排除する観点から、譲渡資産について課された相続税相当額を取得費に加算する旨の特例があることについては、一般的に広く認知されていることと思います。しかしながら、代償金を支払って財産を取得した者に限って言えば、本来、債務控除を考慮せずに算定すべき「譲渡資産の課税割合」の計算上、その実態は債務でしかない支払代償金が分母の「取得財産の評価額の合計額」から直接控除されている帰結として過少になっており、分子の「譲渡資産の評価額」に何らの調整を加えないと、分子が分母を上回り、「譲渡資産の課税割合」が100%を超えるような不合理すら生じる得ることに気付く必要があります。

◆こうした不合理を解消するため、租税特別措置法関係通達39-7は、代償金を支払って取得した相続財産を譲渡した者を対象として、「譲渡資産の評価額B」を「その者の取得財産の評価額A(債務控除前・相続時精算課税適用財産及び暦年課税贈与財産の加算後)/(A+支払代償金の額C)」の比率で圧縮した上で、取得費加算額を算定する旨を定めています。こうした圧縮計算を行うことにより「譲渡資産の課税割合」が適正な比率に修正され、支払代償金が債務計上されていたとした場合の加算額と結果的に同じ数値となるのですが、これも資産税実務の盲点であり、取得費加算制度を適用した譲渡税の申告において、比較的、誤りやすい論点の一つになっているように思います。

◆因みに、これらの取扱いは代償分割のケースだけではなく、被相続人が遺言を残していたケースにおいて、遺贈に係る遺留分侵害額の請求がなされ、受遺者・受贈者から遺留分権利者に対してその侵害に伴う金銭債務の支払いがあった場合においても準用されます。この取扱いに関しては、長く課税庁の文書には明文規定がなかったのですが、平成27年2月9日に旧民法第1041条の価額弁償金に関して同様の趣旨を判示した東京地裁判決があり、さらに平成30年の相続法(民法)の抜本改正が行われたことを機に令和2年7月7日付けで国税庁資産課税課より「資産課税課情報第17号」による質疑応答事例が出され、その(事例2-1)及び(事例2-7)に明記されたことから、現在では既に確定した取扱いとなっています。従って、遺産分割における代償分割と、遺贈があった場合の遺留分侵害という双方の場面において、相続税と譲渡税の各々の実務における課税標準の計算上、これらの圧縮計算が必要となるケースがあることに充分に留意する必要があります。